就活の安定神話に惑わされない「大局観」

 

就活では「安定」について考えることが多いのではないかと思います。安定と聞いてどんなキーワードが想像されますか。特に「金融」「インフラ」「大企業」「公務員」などは安定と聞いてイメージされる代表例ではないでしょうか。しかし、それはなぜ安定と言えるのか説明できる人はどれくらいいるでしょうか。本稿では、安定の「主語」に着目して、様々なかたちの安定について整理・考察してみたいと思います。就活の安定神話に惑わされない大局観を身につけましょう。

1. 大局観を持つ~社会・業界・会社・個人~

「大局観」とは、もともとはボードゲームの用語で、物事の全体像を俯瞰することです。筆者の考える、就活で聞く様々な安定を位置づける「ボード」を以下の図に示します。

 

図1 社会・業界・会社・個人の階層構造

経済社会の構造をマクロに見ると、社会の中に業界があり、業界の中に会社があり、会社の中に個人がいるという構造になっていると思います(もう少し細かく見ると、会社の中には事業部があったりもします)。下のレイヤーは上の構成要素ともいえるでしょう。また、上のレイヤーに起こった変化は下のレイヤーにも大きく影響を与えます。

2. 安定・不安定の構造関係を整理する

それでは、図1の階層構造を頭に入れながら、様々な安定・不安定が絡み合う4つのパターンの例について考えてみましょう。

2.1. 社会(A)の大きな変化が企業活動(C)に影響するケース

このケースは、例えば日本においても戦時中には民間の鉄道会社が突然、国鉄に強制買収されることがありました。

最近の例では、イギリスのEU離脱が決定したことを受け、イギリス企業のCEOの76%が事業の海外移転を検討したと報じられています[出典1]。

また、アメリカ次期大統領に決定したトランプ氏は、日本の自動車に38%の関税をかけることを主張していました[出典2]。この動きでは、日系自動車メーカーへの影響が懸念されています。それだけではなく、大統領選後、為替も大幅に変動しました。みずほファイナンシャルグループの試算によると、ドル円相場が10円振れた場合、東証一部上場企業の営業利益には1.8兆円程度の変動要因になります。[出典3]。

今、「安定」だと思われている企業も社会の変化により、安定でなくなる可能性があることを認識しましょう。

2.2 業界(B)はなくならないけど、会社(C)は安定しないケース

これは、規制緩和などの社会的な制度の変化によって、下のレイヤーが影響を受けるというケースです。

もちろん、社会の変化に影響を受けても、なくならない業界はあるでしょう。例えば、生活を支えているライフラインや通信、公共交通機関といったインフラは、なくなる可能性は低いでしょう(ただし、JR北海道のように既に縮小が避けられなくなってきたインフラもあります[出典4])。あるいは軍需産業のようなものは政治的な理由で仮に潰れそうになったとしても国が守ってくれるかもしれません。

しかしながら、業界がなくならないのと会社が安定していることは別問題です。

規制緩和などによってその業界がたちまちレッドオーシャンになってしまうこともあります。

たとえば、電力小売自由化された2016年の4月から6月のわずか2カ月間で、67社もの新規参入がありました[出典5]。消費される電力の量は変わらないのに供給側のプレイヤーが急増すると、消費者からすると競争で価格が下がることが期待されて喜ばしいですが、電力会社からすると勝ち負けはあれど平均的には厳しくなるでしょう。

2.3. 会社(C)が潰れなくても、個人(D)は雇用リスクがあるケース

会社の安定とは利益を維持向上することだとすると、外的な要因で売上が減少した場合には利益を維持するためにコストである人件費を削減することは選択肢になり得ます。つまり、会社の安定と個人の安定は必ずしも相容れないのです。

終身雇用・年功序列制度が続くと言い切れなくなった時代において、大企業であってももはや早期退職募集、解雇、減給、転籍といった雇用のリスクから目を背けることはできません。ちなみに、100名以上のリストラを行った企業のまとめをしているサイト[出典6]もあります。従業員に希望しない転職を強いることはどんな経営者でも避けたいと思っていますが、会社も生き残るために必死なのです。

2.4. 会社(C)は不安定だとしても、個人(D)としては安定するケース

逆のパターンも考えられます。少し極端な例ですが、働いている会社が不安定なベンチャー企業のようなところだとしても、そこでのハードワークで鍛えられて転職できるくらいの力が身につけば、個人レベルではもはや安定と言えるのではないでしょうか。会社の平均寿命は23.5年[出典7]。一生同じ会社に勤めることができる保証はありません。変化が激しくなる社会においては「どんな会社でも生きていけるようになる」ことが一番の安定なのかもしれません。

また、そもそも会社に依存せずに個人で仕事をするフリーランスやノマドワーカーといった働き方もあります。

3. 安定神話は本当か

ここまで社会の階層構造から安定・不安定について考察してきました。最後に金融、インフラ、大企業、公務員の「安定神話」に対して、本当に安定なのかと疑問を投げかけていきたいと思います。

まず、知っておいてもらいたいのが、PEST分析というフレームワークです。簡単に説明すると、「Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの観点」からマクロの環境分析をおこなうというものです。

3.1. 金融は安定なのか

まずは、金融業界ですが、政治の観点からは、日銀の打ち出したマイナス金利政策によって銀行は利ざや(貸出と借入の金利の差)が減少し大打撃を受けました[出典8]。また、保険業界にも大きな影響が出ました。

技術面だと金融と技術をかけ合わせた「FinTech」の分野が確立し、業界地図も変わろうとしています。新しい技術は既存の産業に変化をもたらします。

現在のメガバンクも多くの銀行が合併して誕生した歴史を踏まえても、これから再び大きく再編される可能性もあると思います。

3.2. インフラは安定なのか

日本におけるインフラを考えるうえで外せないのが人口減少です(PESTのS)。都市化が既に進んだ日本では人口の減少に引きずられてインフラの需要も減少するからです。これに対してどう対応しようとしているのかに注目しましょう。

また、地方創生が叫ばれていますが、このまま地方が衰退していくと鉄道業界などへの打撃は大きくなるでしょう。

もう一点見逃せないのが、社会資本の老朽化です。道路橋やトンネル、下水管といった社会資本は高度経済成長期に集中的に整備され、今後急速に老朽化することが懸念されています[出典9]。老朽化したインフラの更新に対してどのように準備をしているのかにも気を配る必要があるでしょう。

3.3. 大企業は安定なのか

これまでに書いたように、たとえ大企業であっても雇用リスクがあります。

また、大企業は社員数が多いため、階層と部署が細かく分かれています。キャリアの観点で注意する必要があるのは、その会社でしか使えない極めてテクニカルなスキルばかり身につけていないかということです。万が一転職することになった際に不利になる可能性があるかもしれません。

ところで、アメリカのビジネス界においては、大企業はよく「恐竜」に例えられるそうです。恐竜のように図体がでかいため、力はあるが小回りが利かずに、変化に敏感に対応することができず絶滅してしまうというイメージだそう[出典10]。あなたの興味のある大企業は、社会の変化にどう対応しようとしているのかに注目しましょう。富士フイルムのようにもはや本業が変わったともいえるような会社も存在します。

3.4. 公務員は安定なのか

国家公務員の雇い主である日本国の財務状態はどうでしょうか。借金で日本が破綻するのかというのは諸説ありますが、マクロ的な視点から考えて、少子高齢化が進み社会保障費が増大する一方で、人口減少で税収が増えないことを踏まえると、財政は悪化する可能性が拭えません。あくまでもひとつの意見としてですが、渡邉正裕氏は2030年までに日本の財政破綻が起こり公務員の雇用に不安が生じる可能性があると警鐘を鳴らしています[出典11]。

また、財務省は少子化の進展を踏まえ、公立小中学校の教職員定数について、外部人材の活用策を進めるなどして2026年度に16年度比で最大4.9万に削減可能との試算を公表しました[出典12]。教師の削減には反対意見が多いためすぐに削減にはならないでしょうが、社会背景的にそのような圧力があることは考えておく必要があるでしょう。

ここまで、脅すようなことばかり書いてしまい、不安にさせてしまったかもしれません。しかし、大切なのは単なる安定のイメージで自分のキャリアを決めてしまうのではなく、社会や業界の置かれている厳しい状況も理解したうえで納得感を持って自分で決断することです。本稿は「安定」について深く考えるきっかけになってくれればと思い書きました。不安定な時代を生き抜くためにも、安定神話に惑わされない大局観を持ってキャリアの第一歩を踏み出していきましょう。

【出典】

[1] ロイター:英CEOの76%、ブレグジット受け事業の海外移転検討=調査

http://jp.reuters.com/article/britain-eu-companies-idJPKCN11W02S

[2] 日本経済新聞:トランプ氏、「日本たたき」の過去も(2016.11.9)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK09H77_Z01C16A1000000/

[3] みずほファイナンシャルグループ:トランプの米国~新政権の論点:議会はトランプを止められるのか~(2016.11.17)

https://www.mizuho-fg.co.jp/company/activity/onethinktank/pdf/vol005.pdf

[4] 毎日新聞:JR北海道 道内46駅、廃止検討 沿線自治体と協議へ(2016.10.4)

http://mainichi.jp/articles/20161004/ddr/041/020/003000c

[5] 日本経済新聞:67社が参入、最多はガス 電力小売り自由化「緒戦」(2016.6.1)

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO02656070T20C16A5000000/

[6] 20代ノマドカフェ東京:2016年上半期リストラまとめ!

http://www.nomad-cafe-20.com/lay-off-2016-1h/

[7] 東京商工リサーチ:2014年「倒産企業の平均寿命」調査

http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20150209_05.html

[8] 東洋経済オンライン:マイナス金利に翻弄される「銀行」の深い苦悩

http://toyokeizai.net/articles/-/109971

[9] 国土交通省:社会資本の老朽化の現状と将来

http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

[10] 石塚しのぶ(Dyna-Search, Inc.):顧客を知る、顧客とつながる

http://www.dyna-search.com/jp/wp-content/uploads/2011/01/impress09.pdf

[11] 渡邉正裕:2030年になる前に、日本の財政は破綻するでしょう

http://www.recruit-ms.co.jp/research/2030/opinion/detail7.html

[12] 日本経済新聞:公立小中教員の定数削減を 財務省、文科省に要求へ(2016.11.2)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS01H74_R01C16A1PP8000/